不揃いのリンゴたち。

人物などの撮影に使う、レフ板という道具があります。光を反射させる板で、たとえばモデル女の子の顔の下の方から光を当て、まあ簡単に言えば写真映りをよくするための道具です。収穫期を迎えたこの時期のたいていのリンゴ畑には、このレフ板そっくり銀色のシートが一面に敷き詰められています。リンゴの木々は地面から反射する太陽光に照らされて、なんだかとってもゴージャスに見えます。もちろん見栄えを良くするために、”レフ板”を敷き詰めているわけではありません。リンゴは太陽の光に当たると赤くなる。つまり直射日光だけでなく反射光も使ってリンゴに満遍なく光を当て、リンゴの色づきを良くするための工夫というわけです。”レフ板”のおかげで、樹上のリンゴは一粒残らずいっせいに美しい赤色に染まります。リンゴがいっせいに赤くなるので、収穫も一気にできるから、リンゴ農家にとっても効率的なのです。

木村さんの畑では、この”レフ板”を使っていません。だからリンゴの色づきは、バラバラです。太陽の光のよくあたったリンゴは赤く、葉の陰になったリンゴはまだ緑色のままです。今年は黒星病もけっこう出たから、黒い斑点のついたリンゴもけっこうあります。『ふぞろいの林檎』たちというドラマが昔あったけれど、木村さんのリンゴの木はまさにそんな感じ。木村さんはそういうリンゴの木から、ひとつひとつ赤く熟したリンゴだけを選別して収穫していました。これを選り(すぐり)収穫といいます。効率はもちろん良くありません。けれど、”レフ板”を使っていっせいに赤くすると、リンゴがほんとうに熟したかどうかがわかりにくくなるのだそうです。お客さんにできるだけ美味しいリンゴを送りたいから、こうしているのだと木村さんは言います。リンゴを選びながら、木村さんは色付きの悪いリンゴをひっくりかえして日に当てたり、日当たりの邪魔になる葉を落としたり……。確かに効率は悪いけれど、木村さんが畑のリンゴの木のすべての状態を完璧に把握しているのは、この作業のおかげでもあるのだなあということがよくわかります。そしてはじめは色付きの良くなかったリンゴも、最終的には美味く熟してから収穫されることになるのです。

僕は木村さんの選り収穫の様子を眺めながら、現代の教育のことについて考えていました。一つのクラスに何人の子供がいるかわからないけれど、理解力の早い子もいれば、遅い子もいるはずです。たとえば掛け算の九九を3日で覚えてしてしまう子もいれば、1年かけてようやく覚える子だっているでしょう。けれど現代の教育のカリキュラムは、全員が同じ速度で成長するという前提で作られているようです。小学校は6年、中学校は3年、高校は3年と期限を決めて、トコロテンのようにどんどん押し出していきます。”レフ板”を敷いた畑のように、本当はまだ熟していないリンゴにも赤い色をつけて、一気に収穫するのとよく似ています。もちろん学校教育の現場で、木村さんのような選り収穫をすることは難しいと思います。教師のみなさんにそんなことを要求するつもりも(もしそんなことが可能であれば、それはとても素晴らしいことだとは思うのですが)ありません。けれど少なくとも、現代の教育というものがそういうものであるということは理解しておいて欲しいと思います。落ちこぼれ(という言葉を今も使っているのかどうかわかりませんが)は、教育制度の都合から生まれるものであって、落ちこぼれの子供がいるわけではありません。早く熟すリンゴもあれば、ゆっくり熟すリンゴもあるということなのだと思います。一人一人の子供の必要とする時間をかけてあげれば、どんな子も、その子なりにきちんと成熟した大人になっていくはずなのです。他の子よりも時間をかけて成長した子が、他の子には無い才能を開花させたという話は昔からよくあります。

選り収穫をしながら、木村さんがひとつ気付いたことがあります。リンゴについた黒星病が、時間が経つうちに縮小していくということです。中には黒星病がかさぶたのようになって、はがれおちてしまうリンゴもあるのだそうです。時間をかけて、リンゴは自らの力で黒星病を癒していくのです。人間にだってそういうことは起きるはずです。ゆっくりと時間をかけて、自分の子供の成長を見守っていく根気さえ、大人が失わなければ。

ベトナム

一昨日、ベトナムから帰ってきました。ベトナムはいいところだと聞いていたのですが、聞きしに優る、ほんとに素晴らしい国でした。何といってもまず、食べ物が美味しい。市場には何十種類もの野菜に果物、穀物、茸類、鶏、豚、牛、その他の肉類、海老、魚、それから貝柱やするめ、ナマコ、小海老、タツノオトシゴなどの干物類などなどがあふれていました。料理の基本は、その豊富な食材の味と香りを生かしたあっさり味、けれど出汁をとにかく上手に使うので、そのあっさり味に深い奥行きがあって、とにかく美味なのです。出汁の文化は日本が世界最高だと思っていましたが、その認識を改めなければと思いました。少なくとも、町の食堂、あるいは屋台などの料理のレベルは、日本よりもはるかに上でした。なにしろ8日間いた間に、いきあたりばったりに食堂やら、屋台やらの料理を食べたのですが、美味しくないものはひとつもありませんでした。ベトナムおそるべし、です。
もうひとつ素晴らしかったのが、農村風景でした。中部のホイアン郊外の道をクルマで走ったのですが、道の両側には延々と水田が広がっていました。牛や水牛、それから鷺があちこちでのんびりと餌をついばんでいます。そのあたりはまだ機械化されていないらしく、田の畔道は曲線で入り組んでいます。そのあぜ道を、天秤棒をかついだお百姓さんが行き来していました。それがとても美しくて、見あきませんでした。なんだか昔の日本の農村に紛れ込んだような、不思議な気持ちになりました。
ただひとつ気になったのは、何度か農薬を散布しているらしき人をみかけたことです。ベトナムから輸入した農作物から基準値以上の農薬が検出されてニュースになったこともありましたけれど、ベトナムでもかなりの農薬が使われているとのことです。使用を禁止された有害な農薬汚染が広がって問題になっている地域もあると聞きました。この牧歌的な美しい景色の中にも農薬が深く浸透しているのかと思うと、複雑な気持ちになりました。ベトナムでは近年、米の生産用が大幅に増大しています。作付面積が増えたこともありますが、それよりも大きな理由は単位面積当たりの収穫率が飛躍的に向上したことにあります。その収穫率の向上に、農薬が寄与しているという面も確かにあるのでしょう。けれど、それにしても、正直な気持ちとして、あの美しい農村風景に農薬の機械は似合わないなあと思いました。それが単なる外国人の、旅行者の、おせっかいであることは、もちろんよくわかっているのですが……。

台風の夜に。

みなさん、はじめまして。ライターの石川拓治です。

台風18号が東北地方へ向かって驀進中の今日、このブログを書いています。

木村さんの畑は大丈夫だったんでしょうか?91年の超大型台風だって乗り越えたわけだから、

きっと大丈夫なんだろうとは思うのですが、僕の大好きな紅玉の収穫目前の台風はやっぱりちょっと心配です。

木村さんの話によれば、今年は雨が多くて酢の散布回数が例年の半分近くに減ってしまったそうです。

先月の前半に木村さんの畑を訪ねたのですが、最初に収穫する津軽(←リンゴの品種です)にも、

黒星病がついているものが少なくありませんでした。

もっとも木村さんは、「味はよ、むしろ黒星病のリンゴのがおいしいの」と言って笑っていましたが。

黒星病はカビの一種で、リンゴの葉や果皮に黒っぽい煤のようなものがつきます。そこさえ切り取れば、

もちろん食べられるし、実際にその黒星病にかかったリンゴをひとつ食べさせてもらったのですが、

確かに甘くてとてもおいしかった。リンゴが病気と闘うために、糖度を上げているんでしょうか?

見かけは悪い黒星病のリンゴが、なんだかとても愛しく思えました。

黒星病の次は、台風です。

今頃は台風の大風に吹かれながら、リンゴたちは一所懸命木にしがみついているんだと思います。

リンゴの木も畑に根を踏ん張って、吹き飛ばされまいと必死に耐えていることでしょう。

もちろんそれはリンゴに限らず、他の果樹も、畑の野菜も、そして野山の植物たちもみんな同じなのでしょうけれど。

目を閉じて、風に吹かれる岩木山麓の草木を思いながら今日は眠ることにします。

 

大きなるものも、小さなるものも、いと小さきものも、

すべての生きとし生けるものに恵みあれ、幸いあれ、幸多かれ。