りんごっこのピクルス

 

実選りを終えた木村さんの畑では、ご家族みんなで袋かけ作業をしていました。

選ったリンゴでピクルスを作りました。ちょっとほろ苦くオツな味です。IMG_0306

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木村さんのリンゴ園だより。

しばらくダナ!まんだ来てけだのが。

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足長たんぽぽ。自然栽培の土に生えるタンポポは伸び伸び育ちます。

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リンゴの花は、 いい色だな。これから白く咲きます。

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今日も畑に行ってきました。岩木山もすばらしい。

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 IMG_0088空は五月晴れ、久々のいい天気です。

5月7日畑に行ってきました。

IMG_5316IMG_5317IMG_5321IMG_5323IMG_5313弘前公園のさくらまつりは会期延長で9日まで。
桜の花も散りながら名残を惜しんでいます。

今度はリンゴの花。
木村秋則さんの畑にちょこっと行ってきました。

花はまだでしたが、スイセンが咲き、小川が流れ(岩木山から流れる雪解け水、この水の音はちょっとした癒し。皆さんにも聞かせてあげたい)、そして大きな岩木山。畑はもう少しで、一面に花が咲き誇ります。

えんだきり/枝きり

 

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 リンゴの生育に欠かせない剪定作業、津軽弁で、えんだきりといいます。3月も講演続きで、日本国内をあっちこっち駆け回り、リンゴ畑に入れず、気が気でなかったらしいのです。どの笑顔も素敵な木村さんですが、リンゴ畑にいるときの笑顔は、とびきりの笑顔です。

 

 

 

 

 

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 切った枝の、花が咲くかもしれない、ところをを選んでいます。

 

 

 

 

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作業中、笑顔はありません。リンゴの樹と向き合うときは、いつも優しさの中にも、厳しく真剣な顔になります。

 

 

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これが今回の目的、リンゴの枝を使った、「花咲かおじさん」信じることは、夢をかなえること。の、花が咲くかも知れない・・・束。

木村さんに、9年目にして咲いて、花を見せてくれたリンゴの樹の枝です。今年の春、咲かなかった人、元気になれない人の癒しにと思い、製作しました。水にさして置くと、咲くかも知れない夢を持てると、多忙な木村さんが、枝きりの合間に、選んでくれました。

夢のディナー

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2010年あけましておめでとうございます。

年末は多忙につき、時間がとれず失礼いたしました。まずは、昨年の続きから参ります。

<夢のディナー>

1989年(平成元年)。木村秋則さんは長年に及ぶ苦闘の末、とうとうりんごの樹に実をつけることに成功した。

小さくて、不揃い。でも宝物のようなりんご。

りんごが実らなかった頃、生活の糧にりんご畑の片隅にトマトやきゅうり、大根などいろんな野菜が植えられ、

それが食されただけではなく、すべてが木村秋則さんの自然栽培農法の研究材料でもあった。

木村秋則さんがりんごを自然栽培農法で実らせた噂を聞きつけ、弟子入りした人達がいた。田村真裕美さんは米、野菜。斉藤良雄さんは木村秋則さんと同じようにりんご栽培に挑戦した。

弘前市の隣にある鯵ヶ沢町には、数年の煙草栽培により、薬害を受け人の体を壊す農業に疑問を持ち安全な農業を目指す人がいた。長谷川自然牧場の長谷川光司、洋子夫妻。薬物の入った配合肥料を使わない自家配合の餌による養豚、養鶏をはじめた。放し飼い鶏からの採卵、独自の製法で考案した発酵飼料による自然熟成豚の飼育である。

しかし、当時はスローフードや地産地消の言葉さえ無く、木村秋則さんの宝物であるりんごも、田村真裕美さんの米や野菜も、斉藤良雄さんのりんごも、長谷川光司、洋子さんの豚肉などは残飯豚とさげすまれ、「安全な食べ物」は一部の病弱の人達や、一握りの理解者のみに販売されていた。

 販路の拡大が必要であった。木村秋則さんの自然栽培農法により、素晴らしい農業にとり組む人達とその農産物をもっと人々に紹介しなければならないという思いが日増しに強くなっていった。

 木村秋則さんを応援しよう、自然栽培農法りんごを使った料理を作り、お客様に召し上がっていただく。料理には木村秋則さんの名前をつけて人に伝えよう。

 そうして出来上がったのが「木村秋則さんの自然栽培農法りんごの冷製スープ」である。

1993年(平成4年)「夢のディナー」を企画した。テーマは、木村秋則さんの自然栽培農法による、りんごをはじめとする農産物の普及と消費拡大。

こだわり生産者が作った自慢の農産物、それを使ってこだわり料理人が料理を作りお客様に召し上がっていただく。そして地方の食文化を地方から発信する。

写真は「夢のディナー」。まだ無名だった木村秋則さんを中央にスタッフ全員で撮影。 つづく

木村さんと私の出会い

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こんにちは。レストラン山崎の山﨑隆です。

奇跡のりんごを使った料理やスイーツと 自然栽培の食材を使った料理、

マイカメラで撮った木村秋則さんなどを紹介してゆきます。

まずは、出会いから。

1986年(昭和61年)、 私はフランスでの修行から戻り、弘前市内のホテルの 料理長に就任した。

メーンダイニングにおいては、自分の名前を冠したオリジナルの料理を提供しなければならない。

地場食材を使ったシェフの創作料理、いわゆるスペシャリテのメニュー開発が必要だった。

ぐるっと青森県を見渡し、地場食材マップを作った。

どこに向かってもりんご畑は続くこの地方だが、化学肥料と農薬まみれのりんご栽培がほとんどである。

小さい頃、家にもりんご畑があり、農薬散布時期には父が完全武装し、散布竿を持って薬かけをする。

ボルドー液などが入った農薬桶をかき混ぜるのが私の仕事であり、その鼻を突く毒の臭いで具合が悪くなるのである。

しかし、りんご生産量が日本一のこの地方においては、りんごを使った料理は無くてはならない存在である。

無農薬にこだわってりんごを作る農家を探した。

ある日の地元の新聞に、減農薬で総合農法を営むりんご農家の畑で、 その生産物を購入している方々の交流会があり、

そんな活動にりんごの無農薬栽培に取り組む農家の木村秋則さんがエールを送ったという記事が載った。

その新聞の一行にある「木村秋則」さんがとても気にかかり、電話して会いに行った。

ご自宅にお邪魔し、どうやってそのりんごが作られるのですか?の質問から話が始まった。

トマトはな、アンデスの山の石っころの土地に生え、そのトゲから水分を吸収し、根っこは長くのびてゆくんだ。

大根は十字架野菜でお日様のほうをむいて・・・。と続く。 私は長時間膝を折って、話に聞き入った。

わ、百姓だはんでって、言ってはばからない目の前の「木村秋則」さんにものすごい感動を覚え、鳥肌が立った。

つづく。